何して遊ぼう

妻と娘の3人家族、面白おかしく生活してます。将来は「あいつ仕事してるん?」って言われたい。

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子供の幼少期に習い事をさせる感覚がわからない。やらないほうがいいんじゃないって話

どうもニコ(@makokankkoo)です!


子供には何を習わせよう?


いやいや、必要ないっしょ。


子供に習い事をさせようという感覚が1mmもありません。お世辞かもわかりませんが娘と実際に接してくれた方「感性がいいから何かさせたほうがいいよ!」「運動神経良さそうだから、個性を伸ばすために何か習わせたほうがいいんじゃない!」とよく言われます、ありがとう。でも僕ら夫婦の答えは


子供の可能性を伸ばすために習い事はさせない!


僕は子供の可能性を伸ばすために幼少期の今、何かを習わせることはしないことにしました。

周りは当たり前のように習い事をさせています。だけど個人的には「習い事なぁ、なんか違うんだよな〜」と漠然とした理由があったのでさせていません。習い事に違和感しかなかったのです。今まではっきりした答えはわからなくてモヤモヤしていたのですが、今日はその原因が言語化できそうなので書いていくことにします。


目次

僕自身の経験

僕自身子供の頃、いろんな習い事をさせてもらいました。

公文・習字・塾・エレクトーン・ピアノ・水泳・野球とさせてもらいましたが、ハッキリ言って無駄でした。身になっているものは一つもありません。野球に至っては高校までやりましたが、メンタル崩壊して送球障害(イップス)になってしまい、長い間苦しい思いをすることにもなりました。つい先日草野球を脱退、野球から足を洗うことにしました。全く未練はありません、むしろ野球に縛られていたんですから。一度やめるという決断もやめれずにズルズルと続けた結果です、向いてなかったんだとつくづく思う。
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そんな自身の経験から、習い事はただ行くだけならお金の無駄だということがわかっています。親としては僕への期待の表れだったんでしょうけど、残念ながら意味がないことはわかりました。

もし娘が習い事に行く日が来たなら、ちゃんとした目標を持って取り組めるようにサポートしてあげたい思います。僕のように漠然として続けるのはホントにお金と時間がもったいない。

僕の経験が娘に活かせるといいのですが。

個性なんて伸びない

個性ってなんでしょう?

習い事に行かせること自体、「型」にはめてしまってる感じがするのですが、そう思うのは僕だけでしょうか?

↓個性ってこういうことなんですよ。

他の人と違った〇〇。その人特有の性質・性格で個人の特性

習い事に行かせることで、まず他の人と同じですよね?習い事ってそこには指導者がいて、ルールがあって、そこにきっちりはめられるわけなんです。

外の情報は当たり障りなかったり常識で溢れていますから、ここで個性を伸ばそう!ってのはありえません。

子供の個性が伸ばせるのは「家族」でしかないと思っています。習い事で個人の個性が伸ばせるとは思っていません、どこに属そうとも誰だろうと結局その他大勢のコミニティだったり他人の一人なわけです。娘一人にとって特別な存在である僕ら二人がいる家庭が個性であって、外に個性を伸ばすことを求めるのは違います。

親がやらせることに意味がない

これこれ。

習い事をさせて結果的に向いてたからとか、好きなことだったとか言っても、これ違います。結果オーライでもなんでもない。

習い事の始めがどんな形であれ、自発的に始めたことじゃないと意味がない。なので意思決定は常に娘自身に与えようと思っています。

その過程でやってみたけどダメだったとか、これは楽しいから続けれそうとか、全部自分で判断してほしい。そこから得られることが、のちに大人になった時に活きてきます。親がとやかくいうことじゃない。

幼少期の今は習い事とかのしたい・したくないの判断はできませんからね、できるようになったらさせてあげようと思います。

自ら「これがしたい!」なんて言われたら感動するんでしょうね。

英語とかマジで無駄だと思う

幼少期に英語をやったほうがいいとかどうとか言いますけどね、何のためにやるんでしょう?

グローバルな人間になってほしいとか?今からやっておくと英語を吸収しやすいから?ってとこでしょうか。

いやいや、生きてて英語に必要性を感じた時って誰でも勝手に勉強するでしょ。それこそ僕のような中年でも。そんなことよりも、今この日本で生きて行く日本語をきっちり使えるようになることに時間を割いたほうがよくないですかね。

英才教育はリスクの高い投資

「ピアノとか良さそうだからさせとこう」「運動神経が良くなるって言ってたから水泳でもさせとこう」こんな中途半端に習わせるぐらいなら、英才教育の方がアリかな。物心つく前から競技とかをゴリゴリにさせる親ね。

なので、英才教育のことは否定しません。子供に投資して回収しようっていうことですよね、お金か地位か名誉かを。でもこれができるって凄いなって思うんですよ、自分の時間とお金を湯水のように使わないといけないんですから。教え方も勉強しないといけないだろし、施設も整ってる方がいいだろうからお金はかかるだろうし、なかなかリスクのある投資になるでしょう。しのぎを削るスポーツなんかだと無駄に終わる可能性の方が高いんですから。

もはや子供のためでも何でもないのですが、投資と考えるならいいかなとも思います。ただ回収できるリスク高すぎない?と思うので僕はしません。

英才教育するからには、親として何か特別な思い入れがあるんでしょうから、もちろん親の期待を背負って生きて行くことになります。もし子供がそれに耐えきれない場合も視野に入れてやってあげるべきだと思います。潰れる時は一瞬ですから。

もし仮にスポーツで活躍できたとして、厳しい環境に耐えても、それが社会的価値に繋がるとは言えませんからね。子供が大人になって「私は一体何をしてたんだ〜!」とならないために親が、社会で生きる道も含め考えてあげたいところです。

最後に

習い事自体を否定するものではありません。何かを専門的にやる上では習い事っていうのは欠かせませんから、あって当然だと思うし娘がしたいと言えばしたらいいだろうし、させてあげる。

僕が言いたいのは、良かれと思って親が勝手に習い事をさせるのが意味ないんじゃないかな、と考えているので娘が「これがしたい」というまではさせることないでしょうね。「したい」と反対の「やめたい」の意見も尊重してあげたいと思います。したければしたらいいだろうし、やめたければやめればいいだろうし、嫌でも大人になった時は選択の連続ですから、子供のうちに養っておいたらいいんじゃないでしょうか。

自分で判断して行動する、そして失敗を繰り返す、起き上がる。これを早い段階でしておけば絶対成長が早い。これって大人である僕のような社会人でも同じことが言えますね、勉強になるわ〜。

気づいたら僕ら親ができることってすぐなくなるんだろうな。